導来圏入門

いきなりですが導来圏(Wikipedia_link)の定義の流れを簡単に書いていきたいと思います。

導来圏は最近(最早一昔前から?)数学だけでなく物理学などにおいても注目されている対象です。しかし、いざ導来圏を勉強しようと思っても導来圏の定義を理解する為に必要な準備が多く、その定義を理解する前に挫折してしまう人が多いのではないかと思います。

本記事はそういった人々に少しでもお役に立てればと思い執筆いたしました。

~導入~

元々導来圏は代数トポロジーで現れる鎖複体や、それを分類するホモロジー等を"列のまままとめて扱う"事を目的として導入された概念(のよう)です。

鎖複体やホモロジーでは、数学的対象(例えば図形)から抽出した情報(例えば図形を三角形分割などして得られる各次元の単体全体の集合)からなる列を考え、異なる数学的対象同士の比較に抽出した情報を用います。しかし、元々の数学的対象の情報を正確に表現するのは列全体が持つ情報です。つまり列を一緒くたに扱うことが出来れば情報としてはより正確なもののはずです。

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~本論~

導来圏は以下の流れで構成されます:

 \(A = (\mathrm{Ob}(A), \mathrm{Hom}_A (P, Q) ) \) : 

とは、素朴には対象の集まり\(\mathrm{Ob}(A)\)と任意の二つの対象\(P, Q\)の間の射の集合\(\mathrm{Hom}_A (P, Q)\)(〜\(P\)から\(Q\)への矢印)により定義されます。特に、圏に於いては"射の代数構造"が基本的で、最も基本的には"結合則"

"射の合成、

$$\mathrm{Hom}_A (P, Q) \times \mathrm{Hom}_A (Q, R) \rightarrow \mathrm{Hom}_A (P, R)$$

$$f \times g \rightarrow g \circ f$$

$$\mathrm{Hom}_A (Q, R) \times \mathrm{Hom}_A (R, S) \rightarrow \mathrm{Hom}_A (Q, S)$$

$$g \times h \rightarrow h \circ g$$

に対し

$$h \circ ( g \circ f ) = (h \circ g) \circ f$$

が成り立つ。"

を仮定します。また、任意の対象\(P\)に対し、恒等射\(\mathrm{id}_P\)の存在を仮定します。従って、集合\(\mathrm{Hom}_A (P, P)\)は単位元を持つ結合的代数、即ちモノイドを成します。

圏は多変数凾数(2項演算は2変数凾数)で定義される従来の代数構造を射(〜矢印)の持つ図式的構造として見直す一つの立場だと気楽に捉えて頂けると良いと思います。

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↓ 射の空間に更なる代数構造を付加(零対象, 加法)

加法圏 \(A := (A, Z, +)\) :

零対象\(Z\)とは始対象で、かつ、終対象であるような対象です。始対象(終対象)とは任意の対象\(P\)へ(から)の射がただ1つであるような対象です。即ち\(Z\)は任意の対象からの射がただ1つであり、任意の対象への射がただ1つである様な対象です。1つの圏の中に零対象が複数ある場合もありますがそれらは互いに同型(説明省略)になります。

加法圏\(A\)とは零対象Zを持つ圏で、かつ、射の空間がアーベル群(射の合成を積と見る代数の意味)である様な圏です。

簡単な例としては有限次元ベクトル空間のなす圏で、\(V\)から\(W\)への線形変換全体の集合\(\mathrm{Hom}(V, W)\)が行列の集合でありアーベル群になっています。

定理:零対象Zがあると任意の2つの対象P, Qの間に零対象を経由する射が唯一存在する:

\(f : P → Z\) (Zは終対象であるので唯一存在)

\(g : Z → Q\) (Zは始対象であるので唯一存在)

従って\(g\circ f\)は\(\mathrm{Hom}_A (P, Q)\)に定まる唯一の射である。この射はアーベル群\((\mathrm{Hom}_A (P, Q), +)\)の零元となります。

※ 全ての集合を対象とし写像を射とする圏\(\mathcal{Sets}\)では始対象は空集合、終対象は一点集合となりそれらは一致しません(即ち零対象を持ちません)。しかし代数構造を持つ集合を対象とし準同型写像を射とするような圏では零元のみを持つ集合が始対象かつ終対象となります。

特に加法圏の対象及び射は線型表現が可能(らしい)です。

↓ 圏で(コ)ホモロジーを考える(Ker, Im, 準同型定理)

アーベル圏 \(A\) : 

アーベル圏とは加法圏であり更に(コ)ホモロジー代数を展開出来るような圏です。即ち核Kerや準同型定理(\(f/\mathrm{Ker} f \sim \mathrm{Im} f\))などが定義できる圏のことといっても良いでしょう。但しその定義は射の空間を基本とするため普遍性を使って定義されるので少々厄介です。アーベル群の圏や環上の加群の圏等が代表的な例なのでそちらを想像して頂くに留めましょう。

↓ 圏で複体を。列をまとめて扱う。

鎖複体のなす圏\(Comp(A) = ( \mathrm{Ob(Comp}(A))=Aの鎖複体, \mathrm{Hom_{Comp}}(A) (P, Q)=Aの鎖複体の写像 ) \) :

鎖複体の成す圏とはAの任意の鎖複体を対象と見る圏です。つまり"列"を対象とする圏です。射は鎖複体の写像です。

↓ ホモトピー同値で割る。

ホモトピー圏 \(HM(A) = ( \mathrm{Ob(Comp}(A)),\mathrm{Hom_{Comp}z}(A) / ~_{h.p} )\): 

Comp(A)の射の空間を"ホモトピー同値"で類別し"射を減らす"。但し対象はComp\((A)\)と同じ。

↓ 擬同型を同型に。

導来圏 \(D(A) = HM(A)/N = ( \mathrm{Ob(Comp}(A)), N^{-1} ( \mathrm{Hom_{Comp}}(A) / ~_{h.p} ) ) \); 

導来圏とは、\(HM(A)\)の擬同型(列をそのホモロジー \( H_i = \mathrm{Ker} d_{i+1} / \mathrm{Im} d_i \)の列と同型と見るような同型概念。言い換えれば"ホモロジー函手"(説明省略)で移った先で同型に成る列。)な対象を同型するような圏です。この為に射の空間をNull System(ホモロジー函手で0対象に成る対象)Nによる局所化(つまり擬同型射に"逆射を追加")して得られる圏となります。

以上

つまり、導来圏とは、ホモロジー代数を考えられる圏(アーベル圏)の上で、ホモロジー代数(鎖複体のなす圏)を考え、ホモトピー同値な射は同一視(ホモトピー圏)し、擬同型な対象は同一視した圏(導来圏)である、とまとめることが出来るでしょう。

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